衣252「聖書物語」P51から

衣252「聖書物語」P51から

世の中さっぱりわからないので、「聖書物語」を読んで、仕事と洋裁しようかと思います。

エジプトで奴隷としてはたらかされていたユダヤ人は、モーセにひきいられてエジプトをぬけることができた。

自由の身になった。

けれども別の不満がでてくる。

砂漠の暑さと砂がいやでたまらなかった。

モーセに文句をぶつける。

これならエジプトでむち打たれていたほうがましだった、と。

 

砂漠をさすらった四十年の物語は、不満ばかり。

モーセのひるむことのない強さがなかったら、人びとは一年もたたないうちに奴隷の暮らしにもどってた。

 

エジプトの軍隊が海にのみこまれるのを見たとき、ユダヤ人は、勝利と幸せを味わい、「おお、神の栄光と力を見た!」とたたえた。

 

それなのに荒れ野で二、三か月もすごすうちに、人びとはかがやかしい勝利をわすれる。このままではみんな死んでしまう。

モーセのところへ行く。

「食べものがほしい。ないのなら、エジプトに帰りたい」

信仰心のあついモーセは言う。

神は、食べものがいるときにはあたえてくださる。

すると、みよ!

つぎの朝、砂漠が白いものでうすくおおわれていた。

それはユダヤ人が「マナ」と呼ぶもので、おいしい食べ物になる。

神が一夜のうちに用意してくださったのだ、わしらのために。

人びとは安息日をのぞいて毎日、マナを集める。

(マナってなんでしょうか?)

 

このように神が守ってくださることがわかると、ユダヤ人はしばらくモーセにしたがう。

つぎに水がなくなるとナイル川のもとの家にもどりたいと言い出す。

 

モーセは神が命じた通り杖で岩を打つ。

するとかたい岩のあいだから水がほとばしりでてきて、人びとはたっぷり水を飲むことができた。

 

また新しい不満。

アマレク族というアラビア人が、ユダヤ人の家畜をねらう。

モーセは信頼している若者ヨシュアを読んで、アマレク族を追い払えて命じる。

 

ヨシュアは数人の仲間とアマレク族と戦う。

モーセはずっと両手を天にあげていた。

そのおかげてヨシュアは勝利できた。

 

やがて一行は、モーセの妻の父であるミディアンの祭司と再会。

妻の父はよろこび、天と地の唯一の支配者である神にいけにえをささげる。

 

砂漠のさすらい人たちは、砂漠から市内じゃなくてシナイと呼ばれる岩山のなかへはいる。

シナイとはアジアの月の女神シンからとられた名。

 

さて、モーセははっきりとみえてきたことがある。

それは、主はわたしたちの唯一の神であると信じなければ、目的を達することはできない、ということ。

モーセシナイ山のふもとに宿営していなさい、わたしがとてもたいせつな神みことばを持って帰るのをまっていなさい、という。

 

モーセは太古の高い岩山をのぼっていく。四十日四十夜のあいだ、山は濃い雲のなか。

そして、モーセはもどってくる。

なんと二枚の大きな石の板をもっています!

板には、神のおきてがほられていた。

これが゛「十戒」としてしられているおきて。

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