衣468-8新潟水俣病
お米からプラスチックのライスレジン工場が新潟と熊本の水俣と福島にあり、
新潟は昔から天然ガス掘削してて、地盤沈下とかの問題があったようですが、
熊本の阿蘇は火山だからガスないかと思ったら、ないようで八代は製紙工場があったようです。製紙工場の排水は八代海かなあとか思いました。
第二水俣病(だいにみなまたびょう)とは、日本の化学工業会社である昭和電工(現・レゾナック・ホールディングス)の廃液に含まれる有機水銀汚染の食物連鎖で起きた水銀中毒、公害病である。第二次大戦後の日本における高度経済成長期の負の側面である四大公害病の一つであり、1965年(昭和40年)に確認された[2]。
熊本県の水俣病と同様の症状が確認されたためにこの名がある。新潟県阿賀野川下流域で患者が発生した事から「新潟水俣病」や「阿賀野川(有機)水銀中毒」、又は「阿賀野川下流流域有機水銀病」とも呼ばれる[3]。四大公害では最も発生は遅かったが、訴訟は最も早く提起された。その後、未認定患者による第二次訴訟、2004年(平成16年)の水俣病関西訴訟最高裁判決を受けて2007年(平成19年)に提起された第三次訴訟と、現在も、主なものだけで3つの裁判が起こされている。