衣42ジェームズ・チャーチワード

衣42ジェームズ・チャーチワード

アトランティス=ムーの系譜学〈失われた大陸〉が映す近代日本」

庄子大亮(しょうじ だいすけ)

講談社選書メチエ

2022年9月8日 第一刷発行


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↑建物が原子力発電所に見えるような?

カバー・表紙印刷 半七写真印刷工業株式会社

本文印刷 株式会社新藤慶昌堂

製本所 大口製本印刷株式会社

17ページに

ジェームズ・チャーチワードさんが出てきて

英国軍人を自称した米国のジェームズ・チャーチワード?

って書いてあってウィキペディア見てみると

 

ジェームズ・チャーチワード(英: James Churchward、1851年2月27日 - 1936年1月4日)は、アメリカ合衆国在住のイギリス人でムー大陸についての著作を書いた作家である。

 

ムー大陸が存在したと主張し、仮説というよりまるで見てきたように詳細に述べたチャーチワードの著作は、後に続く多くの類書の母型になった[1]。

矛盾点の発覚とムー大陸の否定編集
その後、マヤのトロアノ絵写本は解読され別内容と判明し、チベットのラサ記録は偽造文書であった事が発覚した。チャーチワード自身にも、イギリス陸軍にて在籍の記録がなく、経歴が事実ならば、16歳の時点ですでに陸軍に在籍し、28歳で陸軍大佐で退役したことになるため、退役を始めとする軍歴は総て詐称とみなされている。これらの事実のほかにも数多くの矛盾点が見出され、チャーチワードの主張は虚偽として否定された。

後になって、地球物理学の観点から、「太平洋に沈んだ大陸は存在しない」と結論づけられた。この事は海底調査などでも立証されており、ムー大陸の存在は学問的に完全に否定される事となった。

現在では、ムー大陸で「中心となっていた人種は白人種」で他の人種は白人種に隷属していたとするチャーチワードの説は、白人優越主義者であり、この一連の主張も、その主義の裏づけとするべく創作されたものとする声が強い。歴史学者の長谷川亮一は、チャーチワードらアトランティス大陸やレムリア大陸の実在を唱える説は、「白人優位主義、自民族至上主義(エスノセントリズム)を正当化し、ひいては『かつては全世界が自分たちのものであった』ということを『立証』して植民地支配を正当化するために編み出された『偽史』」であると述べている[2]。

晩年編集
ムー大陸に対しての矛盾が指摘されるようになっても、チャーチワードは、ムー大陸の存在を主張し続けた。さらに、チャーチワードは1931年4月20日アメリカ心霊現象研究協会(ASPR)で講演会を行なうなど心霊団体にも関わるようになり、講演録は、ハンス・ステファン・サンテッスン『ムー大陸の理解』(1970年)に収録されている。1936年1月4日、84歳のときロサンゼルスで講演中に倒れ死亡。墓はニューヨーク郊外にあり「ムー帝国の紋章」(八芒星の中心に太陽十字を配したもの)が刻まれている。

影響編集
チャーチワードらの沈没大陸説は、日本の偽史書『竹内文書』に影響を与えたと言われる[2]。竹内文書は日本のオカルトに大きな影響を与えた[3]。またチャーチワードは、岡田光玉が開いた新宗教・真光系諸教団にも影響がある[4]。

日本では、チャーチワードの『失われたムー大陸』は、あやしげなオカルト本を大量に刊行し日本の超古代ブームやオカルト・ブームに火をつけた大陸書房の代表作であり、ベストセラーになった[1]。